コラム

特別受益の持ち戻し免除と裁判例の分析

相続人が生前贈与あるいは遺贈で受け取った財産がいわゆる「特別受益」に該当しても、被相続人の意思により遺産に持ち戻ししないで良い場合があります。
これを「持ち戻し免除」と言います。

このページでは「持ち戻し免除」の概略を説明するとともに、いくつかの裁判例を分析・検討してみます。裁判例ではなく、私が導入している判例ソフトから該当した裁判例で比較的新しい裁判例を参考にしています。

なお、2019年に相続法が改正され婚姻期間20年以上の配偶者への自宅の贈与について持ち戻し免除の意思表示を推定する903条4項が新設されました。この点は最後に補足的に述べたいと思います。

持ち戻し免除とは何か?

生前贈与や遺贈が「特別受益」に該当する場合、原則として遺産分割において計算上遺産に組み戻して分割をする必要があります(民法903条1項)。
(なお、特別受益については当事務所の他のブログ記事で総まとめしていますので参考にしてください。)

もっとも、被相続人が意思表示によって持ち戻す必要がないと、明示的あるいは黙示的に意思表示を表明している場合持ち戻し計算をしなくて良いとされています(民法903条3項)。これを持ち戻し免除の意思表示と呼んでいます。

これは、生前贈与や遺贈をその特別な取り分として与えようとする被相続人の意思を尊重する制度として設けられた制度です。

根拠法

民法903条3項
被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。

民法903条4項
婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。

(注1)改正相続法では改正前903条3項の「遺留分に関する規定に違反しない範囲内で」との文言が削除されましたが、改正後も遺留分に反してはいけないことは当然の前提です。
(注2)2019年の改正相続法で903条4項が新設されました。この点は、最後に補足します。

具体例

持ち戻し免除の立証責任
通常持ち戻し免除の意思表示は、利益を得た相続人に立証責任があります。

被相続人Aの相続人として子B、Cがおり、死亡時の遺産が4000万円でした。生前にAがBに2000万円を贈与しており特別受益にあたります。

そのため原則通り生前贈与2000万円を計算上相続財産に持ち戻すと、相続財産は6000万円となり、B・Cともに3000万円取得することになりますので、既に2000万を受け取っているBは1000万円、Cが3000万円を取得することになります。

もっとも、被相続人AがBに対する2000万円の贈与について持ち戻し免除の意思表示をしていた場合Bは2000万円を持ち戻さず、残った遺産4000万円を2分の1ずつ分配しますので、Bは生前贈与2000万円+遺産2000万円=4000万円、Cは2000万円を取得することになります。

持ち戻し免除が認められる類型

一般的に下記の類型に該当する場合持ち戻し免除の意思表示が認められやすいとされています。

  1. 相続人全員に贈与をしたり遺贈をしている場合
  2. 病気やその他の理由で自立して生活することが困難は相続人に対し生活保障として贈与等がなされた場合。配偶者に対する贈与もこの類型の一部である
  3. 家業を承継する相続人に相続分以上の財産を相続させる必要がある場合
  4. 被相続人が生前贈与の見返りに利益を受けている場合

※※⑤なお一般的に言われている上記の類型に当てはまらなくても様々な事情から被相続人の持ち戻し免除の意思を推定している判例もあります(後記裁判例5,6,7)。
事情にもよりますが、教科書的な4類型に限定せず様々な事情を主張し持ち戻し免除の意思を立証するのが良いのではないかと思われます。

裁判例の検討

以下裁判例を検討します。

肯定例

1.神戸家庭裁判所伊丹支部審判 平成15年8月8日

被相続人が、東京で一人暮らしをしていた相続人に約2年間で4回合計250万円を送金した件について、金額や送金時期から東京で一人暮らしをする相続人の生活を心配して送金したものとみるのが相当として、持ち戻し免除の黙示の意思表示を肯定した。
→②の類型の生活保障型として持ち戻し免除の意思表示を認めたと考えられる。

2.東京高等裁判所決定 平成8年8月26日

夫の妻への土地の贈与が,長年にわたる妻としての貢献に報い,その老後の生活の安定を図るためにしたものとして、持ち戻し免除の黙示の意思表示を肯定した。
→②の類型の生活保障型として持ち戻し免除の意思表示を認めたと考えられる。
※本稿で後で述べる改正相続法903条4項と同趣旨の判例と評価できる。

3.神戸家庭裁判所審判 平成6年3月25日

被相続人が子女らの婚姻に際して,各人にそれぞれ応分の財産を取得させることを意図し,これを実行してきたことなどを考慮して持ち戻し免除の黙示の意思表示を肯定した。
→①の類型の平等型の裁判例と評価できる。

4.鳥取家庭裁判所審判 平成5年3月10日

被相続人が二男夫婦と同居していたが、長男が戦争から復員したため,二男が被相続人宅に同居できない状況となり,被相続人が二男の土地建物購入資金を贈与して別居したケースで、二男には出ていって貰わなければならない申し訳なさから出た贈与であるというほかないとして、特別受益持ち戻し免除の意思が含まれていたと判断した。
→贈与は長男と次男の平等を図るため、また二男の生活保障のためであり、①の平等型もしくは②の扶養型の類型と考えられる。

5.横浜家庭裁判所審判 平成6年7月27日

被相続人がある相続人以外の5名に対し、婚姻支度,住居の補助を行ったことが特別受益にあたるか争われたが、判例は、「被相続人はそれぞれの子女の婚姻に際して,親として当然のことをしたものであり,これが将来自分の遺産分割において清算的効果を持つものと考えていたとは認められないので,被相続人の持戻し免除の意思が推認できる」と判断した。
→一人以外に渡しているので特別受益に思われるが、結婚支度、住居の補助が「親として当然のことをした」として、被相続人の持ち戻し免除の意思を認定。判例では渡した金額は不明でしたが金額的に遺産の前渡しと評価できなかったのかもしれない。

6.東京家庭裁判所審判 平成21年1月30日

相続人の子(被相続人の孫)が3歳から高校までその相続人と同居せずに被相続人と同居し、被相続人が長年孫の教育資金を出していたことが特別受益にあたるかが問題になった事案。判例は被相続人としては,孫にあたるIの養育費用の負担をすることは相続の際に相手方の特別受益として考慮する意思はなかったと推認されるので,黙示的な特別受益の持戻し免除の意思表示があったものというべきであると判断。
→①~④の類型に該当しないが事情から被相続人の持ち戻し免除の意思を認定したが十分了解可能である。

7.東京家庭裁判所審判 平成9年2月28日

約78億円の不動産を有していた被相続人からの、100万円の建築資金の贈与等は、相続財産全体の評価額と比較すれば極く微少な額の贈与に過ぎず,被相続人の資産額,社会的地位等に照らせば,当然に持ち戻し免除の意思表示があったものと認められる。
→遺産総額から見れば金額が僅少として持ち戻し免除を肯定した。①~④の類型に該当しないが事情から被相続人の持ち戻し免除の意思を認定したが十分了解可能である。

否定例

8.東京地方裁判所判決 平成28年3月23日

遺留分減殺請求訴訟の中で原告が被相続人の被告に対する生前贈与が特別受益に該当すると主張し、被告が特別受益に該当しても持ち戻し免除の意思表示があったと主張した事案。
判決では、遺留分制度の趣旨からすれば,たとえ持ち戻し免除の意思表示があったとしても,遺留分の算定に当たっては,これがないものとして算定すべきとして、持ち戻し免除を否定した。
→持ち戻し免除の意思表示が遺留分に違反してはならないのが当然である。

裁判例では、遺留分減殺請求で被告から持ち戻し免除の意思表示が主張されている事案が散見されるが、認められる事はないと考えられる。

9.東京地方裁判所判決 平成25年12月26日

被相続人が相続人の債務5000万円の保証債務を履行して求償権を行使しなかったことが特別受益にあたるとされ、持戻し免除の意思表示については、被相続人が相続人(実際には相続人の子)に対し債務弁済以外にさらに建物を贈与しているとして、持ち戻し免除を否定。

903条4項の新設

なお、2019年施行の改正相続法で、903条4項が新設されました。
婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。というものです。

これは、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方が、他の一方に対し、居住用不動産を贈与した場合、それまでの貢献への感謝・今後の生活保障のために行われ、遺産分割からそれらを切り離すと通常考えているので、持ち戻し免除の意思表示を推定するものです。

通常持ち戻し免除の意思表示は、利益を得た相続人に立証責任がありますが、持ち戻し免除の意思表示が推定されるとして立証責任を転換し、争う相続人が持ち戻し免除の意思表示ではないことを立証しない限り、持ち戻し免除が認められます。